A Midsummer Night's Dream
それは、夏の日だった。
私が彼と出会った、最良の日。
園芸部員だった私は、夏休み中の当番で学校の花壇に水をやりに来ていた。
麦わら帽子を被っていても、強い陽射しは私の体をじりじりと焦がす。
「日焼けしちゃうかな……」
ホースで水をまきながら、私はひとりごちた。昼には家に戻れるだろうと思って、日焼け止めなどはつけていない。長い休みのせいで、どこか気が緩んでいたんだろう。油断していた。
汗でブラウスが背中に貼りついているのが判る。さっさと終わらせて、家に帰ろう。そう思って、私は水の勢いを強くした。
と、きれいな弧を描く水に、虹が浮かんだ。キラキラと輝くそれは、少し苛立っていた私の心を癒してくれた。
「うわっ!」
その時、情けない声が聞こえた。
頭から水を被った男の子が、そこに立っていた。南雲辰夫君……私のクラスメイトだ。
「は、はは……」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
「い、いや、大丈夫だから」
慌てて頭を下げる私に、南雲君は大袈裟に両手を振った。
バサッ。
彼が持っていたノートが、地面に落ちた。ちょうど、私が水を撒いていたところに。
「わ!」
あたふたしながらそれをつまみ上げる南雲君。見事に泥まみれになっているそのノートを見て、苦虫を噛み潰したような顔になる。
その顔があまりにも面白くて、私はついクスッとふきだしてしまった。
「笑うことないじゃんか」
「ごめんなさい。でも……ふふっ」
彼はぶすっと頬を膨らませていたが、やがて照れたように笑みを浮かべた。
教室でもあまり話したことはない。決して格好いいとは言えない男の子。しかし、小さな虹の側で笑うその人懐っこい笑顔がとても好ましく思えた。
私はその時、彼に恋をした。
それが私の初恋だった。
しかし、最良の日は、すぐに最悪の日となった。
私はその日、レイプされた。
背中に小石が当たって、痛かった。
そんなどうでもいいことが印象に残っている。
「くっ……ふあっ……」
私の足を抱え込んだ男が、腰を動かしながら声を上げた。そのたびに、私の腰からさざなみのような鈍痛が響く。まるで自分の体ではないようだ。
学校に忘れ物のノートを取りに来た南雲君と別れた後、私は再び一人になった。
そこに、やつらがやってきたのだ。
「ああ……こいつ、すげぇ締まりだ。もう我慢できねぇ」
「は、早く早く! 俺にも回してくれよ!」
三人の中で、最も背が低い小太りの男が、そう言ってよだれを垂らした。
「お、俺はこっちでもいいや」
痩せぎすの男がそう言いながら、私のあごを無理矢理ひねり、口元にむっとする臭いを漂わせる何かを突きつけてきた。それが何かを悟るよりも早く、私は本能的に顔を背ける。
「い、今更抵抗するんじゃねーよ」
男は私のあごにかけた手に、さらに力を込める。痛い。
無理矢理開かれた口の中に、そのヒクヒクと蠢く熱い塊がねじ入れられた。
反射的に口を閉じようとする。
「痛ッ! こ、この女、噛みやがった」
「バァカ。AVの見過ぎだっての、お前は」
「ち、このくそアマ」
私のあごをつかむ手が離れ……次の瞬間、思いっきり頬をはたかれた。
二度、三度。
口の中が切れたのか、何度目かの平手打ちの後、私の口の端から血の混じった唾液がにじみ出る。
「ううっ」
私を犯していた男がうめき声を上げ、果てた。
じんわりと、私の中に何かが染み込んでくるような、嫌な感触。
「つ、次は俺、俺」
小太りの男が私にのしかかってくる。
「なあ、さっきのヤツ、もう一回やってみろよ。こいつ、叩くたびにひくひく締め付けてくるぜ」
「そりゃおもしれー。どれどれ……」
再び衝撃。私にはもう、抵抗する気力もなかった。
私はどうして、こんなことをされているんだろう。
ぼやけた視界の中にいる男たちを見ながら、そう思う。
ただ、そこにいただけ。
それなのに。
何度犯されたのだろう。
きつい西日に照らされ、気がついた時には、私は校舎の陰に捨てられていた。
痛い。
体中、痣だらけだ。汗でべとべとする。熱い。熱があるのかもしれない。気持ち悪い。
自分の体を下ろすと、ブラウスもスカートもほとんど原形をとどめていなかった。ボロボロの布切れだけしか残っていない。下着なんてどこかに行ってしまった。これでは帰れない。学校に何か代えの服なんてあったかな。
と、太ももに何か赤茶色のものがこびりついているのに気づいた。股間からじっとりと滲み出しているその染みを見て、
「……初めてだったのにな、私」
と、思わず呟いた。その瞬間、涙があふれてきた。
涙はいつまでたっても止まらなかった。
『復讐したいか』
その声は、私の頭の中に聞こえてきた。
『お前を汚したものたちに復讐したいか』
その声が誰のものかなんてどうでも良かった。もしかしたら、自分の心の中の声かもしれない。そんな風に思っていた。
しかし、その声を聞いていると、理不尽な暴力に対する怒りが込み上げてきた。
『お前はもう、清らかな体ではない。愛するものと真の意味で結ばれることはない』
「……南雲君」
彼だったら良かったのに。そう思った。
『復讐したいか』
「したい」
その声の問いに、私は知らず知らずのうちに即答していた。
『ならば取引だ。私はお前に力を与えよう。その代わり、その力を使って超神を抹殺するために働くのだ』
「超神?」
『そうだ。我ら魔界の住人の仇敵、超神だ』
「……なんでもするわ」
『契約成立だ』
その言葉と同時に、私の意識は真っ白になった。
私は薄暗い繁華街の裏道に立っていた。
近くに、古びたバーがある。こんな所、来たことも無いのに、私は迷いもせずにその中へと足を踏み入れる。
「……でよォ、そいつが初めてのくせに泣きながらよがりやがんの」
「へへ、ありゃもう俺たちのこと忘れられないね。なあ、お前も試してみねぇ?」
「やだァ、もう!」
嬌声が聞こえる。あいつらだ。間違いない。
私はゆっくりとテーブルへと近づいた。
「……あ、なんだぁ、お前」
酔っ払っているのか、女性の肩に手を回していた男が私をねめつける。
「なんだ、お前、さっきの女じゃねーか。本当に俺たちのこと追っかけてきたのかよ」
ゲラゲラと下品に笑う。耳障りだ。
私は男の一人……痩せぎすの首に手を伸ばした。
「おいおい。こんなところで遊ぶつもりかよ」
ニヤニヤ笑う痩せぎすの男。本気だとは思っていないようだ。私は何も言わず、手に力を込める。
と、男の顔色が変わった。見る見るうちに赤黒く変色していく。
それを見て、小太りの男が私につかみかかってきた。
「やめろ!」
私はその男を振りほどく。それほど力を入れた気はないのだが、そいつは後ろにひっくり返ってしまった。
その間も、私は手に力を込め続ける。私に首を絞められている男の口から、舌がだらりと垂れ下がる。見開いた目からは、今にも目玉が飛び出しそうだ。
ぺきっ。
思っていたよりも軽い音がして、男の体から一気に力が抜ける。ありえない方向に首が曲がっていた。
「きゃーっ!」
店の中にいた女たちが、悲鳴を上げた。逃げ出そうとするもの。隠れようとするもの。店の中は怒号と喧騒に包まれる。
『手伝うぜ』
その声とともに、壁をすり抜けて得体の知れないものが現われた。触手を持つもの、翼のあるもの、鋭い爪を持つもの、そして、どこが手でどこが足なのか検討もつかないもの……共通していることは、そのどれもが生理的嫌悪感をもよおすということだけだ。
その化け物たちは、店の中の人たちにまとわりつくように飛び回る。みんな、恐怖に顔が醜く歪んでいる。何がそんなに怖いんだろう、と、こんな状況なのに不思議に思う。
『そりゃそうだ。アンタ、俺たちの仲間なんだから』
私の心を読んだかのように、周りを飛び回る化け物がそう言った。
「仲間?」
『楽しくやろうぜ、兄弟』
「……楽しくなんかない」
私の言葉が聞こえたのかどうか。その化け物はニヤリと笑って喧騒の中に飛び込んでいく。
いつの間にか店のあちこちでは、化け物たちが饗宴を繰り広げていた。体のあちこちを食いちぎられ、うめき声を上げている男たち。中にはもう絶命しているものもいる。そして、店の中にいた不幸な女たちは……化け物に嬲られ、犯されていた。
奇妙な感覚だった。
今朝までの私だったら、吐き気を感じるような光景だっただろう。それどころか、気絶していたかも知れない。
しかし、私はその地獄絵図のような光景に、間違いなく高揚感を覚えていた。
『今日の主役はお前だ』
その声と同時に、まるで潮が引くかのように、店の中央に空間ができる。そのメインステージ、私の眼前には、ガタガタと震える二人の男が上げられていた。化け物たちの歓声。女たちの喘ぎ声。その混沌とした世界が、その時は間違いなく私の居場所だった。
ピピピピピ、という電子音で目が覚めた。
爽快感とは程遠い、どろどろした目覚めだった。夢だったのかな、とそう思う。
違う。
夢なんかじゃなかったのは、自分が一番よくわかっている。
カーテンを開け、テレビをつける。
男性キャスターが、繁華街で起きた爆発事故を報道していた。裏道で店が一件爆発炎上し、店内にいた従業員と客、合わせて十四人が死亡。生存者はなし。原因はガス漏れと見て調査中。
日本の警察は優秀だ。ガス漏れには間違いない。しかし、死亡原因はそれではない。
私がやったのだ。
生きながら火達磨にした。まるで踊り狂うように暴れる男を見て、上がる歓声。炭化した男のはらわたを抉り出し、そこにもう一人の男の頭を突っ込んだ。正気を失い、腑抜けた薄ら笑いを浮かべながら失禁する男。そして、やはり歓声。
あの場では、私は一流のエンターテイナーだった。
結局、化け物たちは男も女も関係なく、全員殺してしまった。全てが終わった後の店内は、血と肉片と臓物しか存在しなかった。
汚かった。
だから綺麗に掃除するために、私は全てを燃やしてしまおうと思ったのだ。
ふふっ。
ため息が、自然と笑い声に変わる。
ふふふっ。
私は膝を抱え、泣きながら笑い続けた。
暑い。
今年の夏は猛暑で水不足が心配だと、どこかの女子アナが気楽そうに言っていた。「農家の人は大変ですねー」って、他人事のように。
とは言え、花壇への水遣りをしないわけにはいかない。
昨日のできごとがまるで嘘だったかのように、私の足は自然と学園の花壇へと向いていた。
水を撒きながら考える。私は、超神というものを殺さなければならない。
でも、超神ってなんだろう。
あの化け物たちが恐れる超神。そんな恐ろしいものが、この近くに潜んでいるというのだろうか。
……私は、そんな相手を殺すことができるのだろうか。
そんな考え事をしていて、彼が来たのに気づかなかった。
「あひゃ」
突然聞こえてきたおかしな声に、私は目を丸くした。
頭から水をかぶった南雲君が、バツの悪そうな顔でそこに立っていた。
昨日持って帰ったノートが間違ってたんだ。
彼はそう言って笑った。二回も同じミスをするなんて、ドジなんだな、この人……と一瞬思ったが、よく考えると自分も彼に二回も水をかけている。人のことは言えないな、と苦笑してしまった。
もしかしたらどこか似ているのかも知れない。
そう考えるだけで、私の気持ちは軽くなった。好きな人とこうやって話ができることが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。
『お前はもう、清らかな体ではない。愛するものと真の意味で結ばれることはない』
突然、頭の中に声がした。体中を這い回る、汗ばんだ手の感触。股間から滴り落ちるドロッとした血と精液の感触。むせるような臭い。吐きかけられる熱い息。そして、この手に残る骨をへし折り肉を引き裂く生々しい感触。それらが一気にフラッシュバックし、目の前が真っ暗になって、私はその場にしゃがみこんでしまった。
「だ、大丈夫?」
心配そうな彼の声。大丈夫、ちょっと立ちくらみがしただけだから、と込み上げる吐き気を抑えながら、切れ切れに伝える。心配されることよりも、彼にこんなみっともない所を見られたくないという気持ちの方が強かった。
「大丈夫? 救急車呼んだほうがいい?」
彼が私に向かって、手を差し伸べてくる。ただの貧血だから。それだけ言って、私は逃げるようにその場を立ち去った。
ショックだった。
私はもう、以前の私には戻れない。あの声に従った時、覚悟していたはずなのに。
集団レイプされ、人知を超えた力を手に入れ、そして人を殺した。
私の人生は狂ってしまった。頭ではわかっていたつもりだったが、私が本当にそのことに気づいたのは、南雲君の前で失態をさらした、その時だった。
『アンタ、俺たちの仲間なんだから』
あの時の化け物の言葉。私はもう人間じゃなく、あの化け物の仲間なんだ。
だから、これ以上南雲君と同じ世界にはいられない。そう思った。
『お前の望みはかなえた』
声が聞こえる。
『次は、私との約束を守ってもらうぞ』
「……わかってる」
約束は守らなければならない。
もう、後戻りはできないから。
不思議な感覚だった。
自分なのに、自分ではないような感覚。内側から、自分の体というフィルターを通して周りを見ているような、そんな感じ。
私の背中からは、灰色の翼が広がっていた。肘や膝からは棘のようなものがせり出し、爪も鋭く長くなっている。耳の上からは、螺旋状の角が左右に二本ずつ生えてきている。
……私は化け物だ。身も心も、ヤツらの仲間になったのだ。
夜の街を、私は飛んでいる。
どこに行くのだろう?
私の体のはずなのに、そんなこともわからない。ただ、何者かに操られるように、私は飛び続ける。
私が行く先に、超神というものがいるのだろうか。
やがて、私はとあるマンションの上に辿りついた。その並んでいる窓の一つが、開けっ放しになっている。電気が消えている所を見ると、中の住人は窓を開けたまま寝てしまったのかもしれない。
私はその窓の中に飛び込んで行った。
部屋の中は暗い。机と本棚、そしてベッドくらいしかない部屋だった。そして、ベッドの中に、誰かがタオルケットをかぶってうつぶせに寝ている。顔は見えなかった。
この人が超神なんだろうか。
私は手を伸ばすと、タオルケットを剥ぎ取った。
「う〜ん……」
寝ぼけた声を上げながら、その人は寝返りをうった。
その顔を見て、私は悲鳴を上げた……上げたはずだった。しかし、それは声になって外に出ることは無かった。私はただ冷静にその人を……南雲君を見下ろしているだけだった。
私の手がゆっくりと上がっていく。鋭い爪が、南雲君の無防備な寝姿に狙いを定める。
そうだ。彼が超神なんだ。私は、彼を殺すためにここに来たんだ。
それを悟った時、私の思考は真っ白になっていた。
一瞬の後、私の腕は南雲君の体を貫通していた。
私の体が噴出した返り血で染まっていく。
南雲君は悲鳴を上げる間もなく、事切れた。
ゆっくりと腕を引き抜く。
南雲君の腹部には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
はみ出した内臓が、私の腕に絡みついていた。
何も考えられなかった。
何が起きたのか、何が起きているのか、私には理解できなかった。
そんな混乱をよそに、私の体はまるで何事も無かったかのように、窓へと向かう。
と。
後から何かが私の腕に、脚に絡み付いてきた。
血だった。
南雲君の体から流れ出した血が、触手のように細く伸び、私の体に絡み付いてきたのだ。
粘性を持つその触手が、ベタベタと私の体を這い回り、締め付ける。
一瞬、レイプされた時の男たちの獣欲にまみれた手触りを思い出す。しかし、その触手からはあの時のような嫌悪感は感じなかった。
南雲君の血。
そう考えただけで、私は思わず熱い吐息を漏らしていた。
振り返ると、そこに殺したはずの南雲君が立っていた。
私は両手を広げ、彼に抱きついた。
彼の手が、荒々しく私の体をまさぐる。
乳房をつかみ、捏ね上げるたびに、私の体に電流のような快感が走った。
私は恥も外聞もなく、淫らな喘ぎ声を上げていた。
彼の体が、まるで筋肉の鎧を身に纏っているかのように一回り大きく膨らんでいる。その太い腕が、力強く私の体を抱きしめる。ギラつく赤い目が、私の体を嘗め回すように動いていた。
しかし、そんな彼を見ても、私は恐怖を感じなかった。
それどころか、私の心は喜びに満ち溢れていた。
彼は人間ではなかった。
彼は私と同じ世界にいた。
それだけで十分だった。
私の脚が、力強い手で左右に大きく開かれた。
股間に熱いものを感じ、私は不安と期待で胸を高鳴らせた。
次の瞬間、体の最奥まで貫かれ、私は細く悲鳴を上げた。息が詰まるような感覚と、そして圧倒的な快感が、私の体を支配していた。
私は今、愛する男に抱かれている。
そう思うだけで、私の体の奥底から、どくどくと熱い泉が湧き出すのを感じていた。
突き上げられるたびに私の体はガクガクと震え、頭の中では真っ白な花火が何度も何度も爆発している。そんな言葉には表せないほどの絶頂感に、私は声にならない悲鳴を上げ続けた。
何度も、何度も。
その間、私はただただ彼にしがみつき、もっと体の奥で彼を感じるために、牝犬のように一生懸命腰を擦り付けていた。
果てのない快楽の中で、私は少しずつ彼に飲み込まれていった。
ずぶずぶと、柔らかな泥濘に沈み込んでいくように。
私の体が、彼の中へと。
ああ。
あの声は嘘をついていたんだ。
そう思った。
『愛するものと真の意味で結ばれることはない』
そんなことはなかった。
私は今、誰も引き離すことができないほどに、彼と強く結ばれているではないか。
これからもずっと、彼の中にいることができる。
なんて素敵なことなんだろう。
涙が止まらなかった。
幸せすぎて。
そして、私は
闇の中で、声がした。
『水角獣様。あの女は、超神の抹殺に失敗しました』
『……そうか。まだ完全に目覚めていないとは言え、さすが超神。そう簡単には始末できぬか』
『いかがいたしましょう』
『天邪鬼の動きも気になるが……超神は我ら魔界の者にとって必ず滅さねばならぬ存在。新たな刺客となる人間を探せ』
『御意』
そして、再び沈黙に支配される闇。
「あれ、どうしたの? 南雲君」
明美がそう尋ねると、南雲は首を傾げた。
「いや、ちょっと……今日はいないなあ、って思って」
そう答える南雲の視線の先には、美しく花を咲かせた花壇があった。
「いないって、誰が?」
「あ、ううん、なんでもない。ほら、今日はどこに行こうか?」
「話を逸らした。もしかして……女の子?」
「ち、違うよ。僕は明美ちゃん一筋だってば」
「もう……知らない!」
「あ、ま、待ってよ! 明美ちゃ〜ん!」
頬を膨らまして、スタスタと歩いていってしまった明美を、慌てて追いかける南雲。
暑い夏の日の日差しの中で。
花壇の花がかすかに揺れた。
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